五芒星館

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<<   作成日時 : 2008/04/05 04:55   >>

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3月15日(土)先負・甲寅・三碧・閉・胃・井・旧こと始め・旧針供養・京都嵯峨釈迦堂お松明式・一粒万倍日・三隣亡・月が火星の北1゚を通る

 古くから時々鑑定依頼をして下さるOさんから又依頼がありまして、占術を行いましたが、今年に入り私は、石を使った独自の占いを閃き、本日もそれを試す事に。

 ある事をしていただいた後、インスピレーションで石を並べていき、その形で占う手法なるものの、その石、そして完成された形に何かが宿る手応えを最近感じる事が多く。

 その名前を考えていると、占い「降霊石」というネーミングに到りました!

 さて、その形とは、様々な形ながら、私の中で、その形の暗示のバリエーションも(実践していると)幾つも閃き、完全に、独自の占術として、誕生させられたのではないかと思うところまで到達いたしました。

 それは今まで摸索していたものの開花を意味する出来事であり、オリジナル占術を生み出せたという一つの小到達点。

 この間は、私の鑑定した某氏に、この仕事に就くと、左足、そして、足に纏わるもの、車も含めて、それに注意が要る事が暗示されていると思います云々と告げると、これから営業の仕事に就こうと思うものの、車は自家用車を使わないといけない可能性が高く、それに自分は左に弱く、よくぶつけてしまう。そのことかもしれない。
 と膝を打ったので、ある形から暗示される石のお告げも、そうそう馬鹿にできぬかもしれません。

〜ちなみに占い「降霊石」は、今年に入ってから、実践で行っております〜


 さて、本日のOさんから「是非、御札もお願いしたい」と言われまして、何でもこのブログでFMラジオの某女子アナさんが、五芒星さんに、手帳に御札の文字模様を書いてもらうとそれが全部叶ったといじゃないですかと、その話題に触れられましたので、手帳に書いて下さいと言われまして、「では、書きましょう」

 が、ふと、その手帳はその方にとって、やや重い、やや似つかわしくないかもと閃き。

 やはり手帳は、自分とピタッと合うものの方が効果が出るとは思います。

 それらを告げつつ、机上や手帳を茅の輪、塩等で清めてから、ある事もしていただきまして、それから書かせていただく事にいたしました。

 しかし、もう一点気になる事が。

 確かあのアナウンサーのKさんの手帳は、(冒頭に近いページの)私の書いた御札の裏に自分の願いを書いていた反面、Oさんの手帳は、最初の方に、裏表が共に空白の頁が無く、これは、やや難しい暗示かもと予見。

 実は、アナウンサーのKさんから、今年も頼まれたのですが、今年の手帳の表紙は、昨年とは違い、水泳をする子供のUPの写真だったせいか、この手帳では、(子供もいたずらっ子っぽいし、何か雰囲気も軽快すぎるため、水難も含め)効果は薄い事をお伝えしたのです、実は。

 〜ゆえに昨年ほどの効果は期待できないかもしれませんと〜

 Oさんの場合は、表裏とも空白の頁が無いために、ちょうど、私が書いた裏に来年のカレンダーが記載されていたので、この御札の効果は、来年に来る暗示かもしれませんという事も付け加えておく事に。
 基本的に一年間ですが、何となく、今日書いた御札が示す今年の行路には、自分の思うように予定が進まない=他の事で色々と忙しい年になる。

 そんな暗示があるような気が。

 無論、御札本来の意味は、別で、御札をそこに記す事で、手帳と今年のカレンダー即ち、今年に影響する又は、御札をそこに書く事で、御札が教えてくれた今年の暗示は、そういうところにあるような気がしています。

 運は、なかなか操作できぬもので、私は、質の悪い気の波動等を、身体、重に肩、髪の毛に受けた場合は、すぐに髪の毛を一本抜いて、それに息を三度かけて、五芒星を斬り、時間があれば毛をある形にして、閃いた場所に捨てていますが、良質の波動を受けた際、髪の毛をある形にかく(ある型を模すようにかきあげる)。

 波動に対し、友情の印を送ると言いますか。

 独自の呪術法は、(自分のため+私の占術を頼りにして下さる方々のために)色々開発中ながら、厄祓いの手法は、試行錯誤するだけ、(ちりとてちんの)若狭塗り箸の如く、塗り重ね、積み重ねていくほどに、技(手法)に磨きがかかってきている感。

 今のような注意深さがある限りは。

 十五日参りに「吉備津彦神社」参拝中、最初に参る「稲荷」を参っている際、鳥居に書かれた「稲荷」の文字の前に立つと、月が真上に来て、その稲荷と、月の位置は、ある暗示を示していると予見。

 つまり、この時間帯しか起こりえないその(短時間の)位置関係を前に、ふと思う事あり。


3月16日(日)仏滅・乙卯・四緑・建・昴・鬼・近江八幡左義長祭・広田神社例祭・五相伝・カシオペヤ座RZが極小

 ある会場で、突然、私の御札を肌身離さず持っていますと声をかけられました、私は「ありがとうございます」と一礼!

 嬉しき事に、その方と一緒におられたご友人の方も、御札を持ってらして、先月、宝くじが十万円ぐらい当たったので、この御札の力もあるかもしれない、ありがとうと言われたので、いえ、私の御札の力ではなく、きっとご自身の徳の力ですよと祝辞。

 ただ、宝くじは、余り狙わない方がいいです。
 理由は、クジの背後には、大勢の外れた方の(特に大損された方の)怨みの念が込められていますから、厄も宿っているかもと思うからです。

 しかし、本当に困っていて当たる場合は、神の助けだとは思います!(又は先祖の)

 やはり、当たる人って、よほど運の預金のある人で、それが一族単位で積み立てられている人のような気がするのですよ。
 私説ですが。

 だけど、私も昨年は、多くの物を失いました。

 さて、本日、ある方から、縁切りの祈願依頼がありまして。

 その方が縁を切りたい方のお名前を観た私は、ぎょっとした。

 その姓は、今年私が縁を強く持ちたいと願うある方の姓だったため、これは引き受けない方がいいかもしれない!

 実は昨年、ある方から縁切り祈願を受け、それを行った後、確かにその方の依頼である縁切りはほぼ成功した。

 しかし、まずい事に、その方が依頼した姓と同じ姓を持つ、ある懇意にしていた方と、私自身もやや縁遠くなってしまったので、その際、これは、私の縁切り祈願が、効いた上、それを行った私にまで影響を与えたせいかもしれないと喚起。

 そこで学習した事は、縁切りを行う際は、自分にとって大切な姓であるか否か。
 それを見定めてから行うべきと。

 ただ、その後、呼び戻しの儀式をやり、私の方は、国交を回復いたしましたが。

 しかし、今回の縁切りは、引き受けない方がよい予感がしたので、初めてお断りさせていただきました。申し訳ありません。

 私はカンがよい人間だけに、この決断は、最善の策であるのです。

 もしかして、私の考える理由以外にも、相手の方の周囲や、先祖までを含めて、二人が縁を切る時期は、今ではないという事が、超自然的に、宇宙のバランス的にもよいという時期なのかもしれませんし。

 さて、魔術祈願を断った矢先、今度は「誰誰の紹介なんですが」と、御札の依頼がありました。

 御札。今の私は、それを書く事が、宿命であるのかもしれない?



3月17日(月)大安・丙辰・五黄・除・華・柳・彼岸入り・長野穂高神社奉射祭・(八専)間日・不成就日
3月18日(火)赤口・丁巳・六白・満・觜・星・石川気多大社おいで祭
3月19日(水)先勝・戊午・七赤・平・参・張・(八専)間日・月とレグルスが接近

3月20日(木)友引・己未・八白・定・井・翼・春分(太陽視黄経0°)ペガスス座Sが極大・月が土星の南2゚を通る・186P/ガラッド彗星が近日点を通過(周期10.6年)

 節入り日である春分の日ゆえ「吉備津彦神社」への参拝を済ませてから 「W会議」へ。


3月21日(金)先負・庚申・九紫・執・鬼・軫・弘法大師忌・月が赤道通過、南半球へ
3月22日(土)仏滅・辛酉・一白・破・柳・角・旧ねはん会・一粒万倍日・満月・カシオペヤ座RZが極小

 知人が出るため未完成にて行われる「大朗読」へ。
 「大朗読」
 皆さん、狂ってますね。
 場内で、社会が半回転するような既視感?を覚えてしまう。

 狂うといえば、この間、食事処「幸」で夕飯中、店主のNさんから「みんな、よく正気で生きていると思う。この世の中で生きていて、狂ってもおかしくないと思うのに、皆、よく狂わずに生きていると思う。特に五芒星さん、あなたはよく、そんなに明るく、悪い印象を与えないようにいい感じで人に接していると思うわよ」

 そう言われて、私は「多分、人間関係に重きを置いているからだと思うんですよ」と答え、俳句の会話で盛り上がりつつ食事を続け。

 だけど、詩の朗読は過激ですね。
 皆、心の中に鬼を彫っている?

 そう、心も彫刻の如くに彫っていけば、鬼ばかりではなく、女神像を建造する事も可能かもしれない?

 あるいは、心に疫病神を彫れば、その神がその人の心を支配するかもしれない?

 それは守護霊とは異なり、自身が造り出す後天的な第二、第三の心中に棲む神。

 私は、心中に、輝かしい世界を築き上げていこう。(いきたいと思う)

 次第にそれは外へと向かって輝きを放ち、自然と、光り多き場所に導かれると思う。

 それまで自身が身を置いていた暗く貧しき土地と決別し、新しい第一歩を踏み出せば、この先に輝かしい宮殿も見えてくるのではないだろうか?

 ただ暗い明るいの基準は、客観視せねば、わからないし、自身の心次第でもあるだろう。とは思う。

 天から照らされる光りの道が、何か自身の前にも照らされるような予感がする。

 そして、その光りの美しさに魅了される者たちも、私の背後に立った時、その光りを見る事があるかもしれない。

 この金曜日の庚申の日。

 穢れを祓い、儀式を行った。

 (神と巫女が結ばれる聖なる日ゆえに、人間が)この日に何かを決定したり、事を起こすと神の怒りに触れるという伝説がある。
 ゆえに、この日は無心を心がけた。

 翌日の(世に何事かが起こりやすい)辛酉の日。さらに満月も重なっただけに極力、静かにしていた私。

 地震予報で、三月の後半の注意日は、十八−二十二日までで、そのうち、特に二十日−二十二日が注意とこの日記でも記載していましたが、中国(新疆ウイグル自治区南部)でM7.3の大地震が発生。

 地震の予知は的中したものの、今後は、自然界の波動もこの身体が感知できる域を目指したい。

 しかし、そのためには、世界の常識や縁起の悪い物らを帯びていると、おそらくは無理だと気付ける境地には達せた。

 自身がアンテナになるには。
 それを感じられる人なら、わかる話だけにこの感覚は、理解するには難しい事でしょう。

 しかし、それはおそらく私の宿命とは別の新たな行路ゆえ、おそらく私如きの街で生きる現代人では達せられないほど高い境地。

 しかし、現状に対して、徐々にでも縁起を上げる方法を試していく事で、頭も身体も、無理なく進化していくかもしれない。

 今、私の水は細く清らかな水路へと入り込もうとしている。
 ゆえに私自身が濁っていれば、その先にある次第に純度が高くなっていく聖水の源泉をも汚してしまう。

 そう、それは宝の水。
 病をも治す力宿る神秘の水であるかもしれない。

 世の中の影にある宝。

 それは、その宝に相応しい空気、水、波長などを持つ者が磁石が引き合うように合致する?
 そんな予感がしてきた。

 そんな予感のする私は、確実に何かが高まっているように思えてならない。

 今、私が出会う人も同じように、何か運を得るかもしれない。

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